| 2005-08-31 宮本常一「忘れられた日本人」 |
昭和十年代から三十年代にかけて、僻地の村を歩きその地の老人たちの昔語りを聞き集めた本である。語っているのはどこにでもいる平凡な老人たちであり、死ねば世間にはたちどころに忘れられてしまうような人たちだ。中には土佐の山中の乞食小屋に住む盲目の年寄りなどの身の上話もある。学校にも行かず、なかば人をだますような博労(牛の仲買人)をしながら女を漁り、ついにはそれで失明する、などという壮絶な生涯が、乞食の爺さんの口からごく懐かしげに語られる。悲惨というのではない。むしろ、今よりもはるかにむき出しの状態の中で生きてきた人たちの存在感にほれぼれしてしまうくらいだ。昔はよかったとか、貧しくとも純朴な人々がうんぬん、ということが言いたいわけでもない。ただ、田植えをしながら明るく猥談をする女たちや、気に入ったらすぐさま忍んで行くという直情径行そのままの男たちの話を聞いていると、いのちの脈動みたいなものだけは感じないではいられない。表舞台の偉人の歴史とはまったく違った歴史がここにはある。何度でも読み返したくなる、ただならぬ力に満ちた本である。
| 2005-08-30 田中淳夫「『森を守れ』が森を殺す」
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環境を守ることが大切だ、なんていう認識がこれほど社会に浸透するとは、一昔前には考えられなかった。すばらしいことだ。しかし、その一方で、誤った知識がはびこってしまっていることも事実である。割り箸の使用と森林破壊とはまったく関係がないことくらいは知っていても、「ホタルが乱舞する清流」というのが自然状態ではありえない人の手によって作られたものだとか、国土の三分の二が緑に覆われているという現代の森林率は有史以来最高で、江戸時代以前の日本の山は禿山だらけだったのだ、なんていう話には大抵の人は驚くのではないか。ただ情緒的に自然保護を口にするのでなく、印象だけで自然破壊を嘆くのでもなく、森林行政のありかたやら、林業の実際やら、そういうことをもっと知らなくちゃいけないと痛感した。ただしこうしたテーマの本はみな、はじめに想定した結論に合わせてデータを集める傾向があるので、ちょっと注意が必要かも。
仏像には如来・菩薩・明王・天という4つの大きな区別がある。仏というのはもともと悟りを開いたお釈迦様(如来)なのだが、日本人が長く親しんできたのは、もうちょっと身近な、観音さんとかお地蔵さんという菩薩の方であった。観音信仰が伝わったのは、仏教伝来からおよそ百年遅れの七世紀半ばのことである。しかしひとたび伝来すると、観音様はどこか女性的でやさしい感じがするし、現世利益をあれもこれもかなえてくださるしで、盛んに信仰されるようになった。お地蔵さんは、さらに親しみやすいお坊さんの姿をして、この世でも地獄でも、六道輪廻に苦しむ衆生を救ってくれるというのだから、これまた広く信仰を集めることになる。王朝貴族の信仰、武士の信仰、そして近世の民衆の信仰と、時代によって流行する仏様が違ってくるというのは興味深いが、ともかくこれだけ長く伝えられてきたということは、やはりわれわれの気性にも風土にも、どこか馴染むものがあるんだよなあ。
| 2005-08-28 網野善彦「日本の歴史を読み直す」 |
いわゆる専門家や読書人を相手にした小むずかしい論文集ではなく、若い人を想定した講話が元になっているのでとても読みやすい。文字、貨幣、ジェンダー、天皇などについて興味深い話が尽きないが、中でも中世の非人を語った「畏怖と蔑視」の章がよい。非人や犬神人(いぬじにん)は、蔑視され差別された存在であるが、同時に死や犯罪の穢れを祓う特異な力を持つ者として畏れられた集団でもあった。犯罪者の家を引き倒し、罪の穢れを清めるというような面だけでなく、芸能によって世の中を清め、千秋万歳(せんしゅうばんぜい)を祈る、ということもやっていたのだ。どうやら中世の前期における非人は、江戸時代以降の被差別部落とは異なり、神仏に仕える者としての畏敬を受ける集団でもあった(大正天皇の棺をかつぎ、昭和天皇の葬列にも連なった京都の八瀬童子もその流れにある)。ところが世の中が変化してケガレを恐れる意識が薄れてきたのにともなって、畏敬が徐々に差別へと変わっていったというわけだ。これは阿部謹也が描くゲルマンにおける刑吏の姿とまったく同じである。これもまた驚くべきことではないか。
| 2005-08-27 田川建三「書物としての新約聖書」 |
この本に書いてあることは、その道の研究者にとっては当たり前のことなのかも知れない。しかし門外漢には驚くような話ばかりだ。キリスト教には正典宗教という印象が強いが、じつは5世紀になるまで聖書の内容が確定していなかったとか、旧約聖書以外にキリスト教独自の正典を最初に持とうと試みたのは異端として激しく排撃されていたマルキオン派だったとか、写本の過程で意図的にテクストが変えられることも多かったとか、いや、そもそもわれわれが知っているキリスト教はイエスに従った十二使徒のグループではなく、ギリシャ語を話すディアスポラのユダヤ人に由来するとか、どこを読んでも浅薄なキリスト教理解が揺さぶられる思いがする。700ページにも及ぶ大著だが、これほどまでに興奮させられる本は多くない。さすがは第一級の聖書学者による本格的な入門書。キリスト教作家の情緒的な聖書紹介とはまったく違った地平が広がる。
| 2005-08-26 田沼武能「難民キャンプの子どもたち」 |
難民というのは、戦争や旱魃などの事態から逃れるために国外に逃げ出した人々をいう。その数は第二次世界大戦後に40万人だったのが、今日では2600万人以上にものぼる。この本の中心は、中東、東ヨーロッパ、アジア、アフリカ各地の難民キャンプで写真に撮った子供たちの姿である。得意げに本物の小銃を構えるパレスチナ難民の少年。母親にしがみついたまま離れようとしないクルド人の子供。心の闇を映すように真っ黒に塗りつぶされたボスニア・ヘルツェゴビナの子供の絵。まっすぐに立ってセルビア人を呪う詩を暗誦するたった5歳のコソボの少女。配給の列に並ぶケニアの子どもたち。重度の栄養失調であることを示す手首の腕輪が痛々しい。難民を生み出している原因は戦争だったり、飢饉だったり、宗教上の迫害だったりとさまざまだが、それらの多くはどこかの誰かによってもたらされたものだ。何もできないかもしれないが、せめて彼らのために怒り悲しむ気持ちだけは持っていたいと思う。
| 2005-08-25 ホセ・ヨンパルト「カトリックとプロテスタント」 |
欧米を理解するためにはキリスト教を知らなくてはいけない、なんてことをよく聞く。そのわりにキリスト教がどういう宗教なのか、簡潔に教えてくれる本は少ない。たしかに聖書のダイジェストのような本はたくさん出されているが、二千年近く前に書かれた本のあらすじを知ったところで、今日の欧米を知る助けになどなるはずもない。そうした中で、この本は貴重である。カトリックとプロテスタントのどこが同じでどこが違うかを平明に説明してくれていて、非常に分かりやすい。「旧約聖書はカトリック用、新約聖書はプロテスタント用」なんて誤解している人にも、「神様以外は拝んじゃいけないはずなのに、どうして神様でもないマリア様にお祈りするの」なんてことを不思議に思う人にも、とってもためになる本である。ただ、熱心なキリスト教徒であるはずの某大国の大統領が、どうしてあんなに戦争好きなのかっていう疑問は、これを読んでも分からなかったなあ。
| 2005-08-24 ジョン・セイモア「イギリスの生活誌」
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昔に比べて何もかも便利になったけれど、その代わりにわれわれは何か大切なものを失ってしまったのではないか…。そんな思いによって書かれた本書は、冷蔵庫も掃除機も洗濯機もなかった時代のイギリスの、ごくありふれた家庭の暮らしぶりを紹介する本である。掃除の項には、場所ごとに異なる30種類近いブラシが図示してあるなど、どのページも図版がいっぱいで、眺めるだけでも楽しい。どうやら昔のイギリス人は、手間を省いて楽をすることよりも、りっぱに家事をやり遂げて、美しい暮らしを作り上げることに価値を置いていたようだ。大変な重労働だったはずなのに、家事に手抜きはせず、バターにはローラーで美しい花や葉、鳥や動物の模様をスタンプし、アイロンをかけるときにはラベンダーの小枝を入れたボウルの水で香り付けをする、というのだからかなわない。こういう話を読むと、われわれの享受している快適にしてゆとりある暮らしとやらが、いったいどんなよいものを生んでいるのか、自問せずにはいられない。
| 2005-08-23 F・D・ピート「シンクロニシティ」 |
シンクロニシティというのは、何の因果関係もないはずの出来事が、まるで関係しあっているかのように起こる不思議をさす。日本語では共時性というが、つまり「さおだけ屋はなぜつぶれないのかなあ」と思ったとたんにさおだけ屋の軽トラがやってくるというようなことである。こういう出来事を意味ある偶然と捉えて真剣に考えたのが精神分析家のユングと物理学者のパウリだが、因果律だけを唯一の原理として奉じ、機械論的/還元主義的な世界観に凝り固まっている西欧の連中からみると、いくらちゃんとした科学者の研究だとは言っても、さぞキワモノに見えるだろう。しかし名前の画数と運勢(=これから私におきる出来事)を結構マジメに関連付けてしまうわが日本人の感性からしてみると、「意味を持つかのようにむすびあわされた偶然のパターン」なんていうシンクロニシティの考え方は、とくに抵抗もなく受け入れられるのではないだろうか。そもそも何でもかんでもニュートン力学でいけちゃうなんていう不遜な考えよりも、宇宙はどこかわれわれの知らない原理で動いているみたいなんだよね、という方が、よっぽど自然な感じ方っていう気がするし。
| 2005-08-22 松居竜五「南方熊楠 一切智の夢」 |
南方熊楠といえばすごい人だが、どこがどうすごいのか、本当はあまりよく知らない。漠然とした憧れだけはずっとあって「十二支考」とか柳田國男との往復書簡集ていどは持っているものの、とても読みにくくてどちらも投げ出したままだ。この本は、熊楠を伝説化して彼の偉大さを褒め称えようとするのではなく、南方熊楠という男が形成された道筋を順々に追っていこうとしている本だ。だからいきなり偉大な大博物学者として立ち現れるのではなく、まず「一大事業をなした後、天下の男といわれたい」という客気と稚気がない交ぜになった不器用な青年としての熊楠がおり、その彼がアメリカを放浪し、イギリスで猛勉強をして、巨大な知識をさらに育て上げていくさまがていねいに描かれている。こういう本を読むと偉大な熊楠がぐっと身近に感じられて、もう一度本を取り出し挑戦してみようかという気になってくる。うーし。
| 2005-08-21 青柳恵介「風の男 白洲次郎」 |
非常にありふれた感想だが、日本にもこんなに格好いい男がいたのか、と思う。白洲次郎は吉田茂の懐刀として戦後の対米交渉の第一線で活躍した人である。富裕な家に育ちケンブリッジ大学で学んだ彼は、生涯「プリミティブな正義感」を貫き通した。この評伝を読む限り、およそ私利私欲とは縁のない人で、だからこそGHQ相手に一歩も引かずに渡り合えたのだろうし、広く政財界で慕われ、畏れられてもいたのだろう。晩年に理事をつとめた軽井沢ゴルフ倶楽部にまつわるエピソードも実に爽快だ。権力を笠に着る連中を容赦なく叱りとばしたり、「土日のビジターはお断り」という規則を総理大臣相手にも曲げなかったりするのだから。金持ちはいても貴族のような階層が存在しない今日の日本には、こういうnoblesse
obligeを持つ人は二度と現れないのかもしれない。
近代以降のアフリカは、先進国にやられっぱなしである。16世紀から19世紀にかけての奴隷貿易と、それに続く植民地支配の傷跡は、今日でもアフリカのあらゆるところに深々と残されている。かつてフランスは自分たちが消費する食用油を作らせるために、植民地セネガルの農民に落花生を作らせた。自給自足と物々交換で生きてきた彼らには、本来ならばそんなものを作る必要などあるはずもないのだが、フランスが求める人頭税を払うためには、唯一の換金作物である落花生を栽培するしかなかったのである。こうして押しつけられた単一作物栽培(モノカルチャー)のために、セネガルの人々は急速に自給自足能力を失ってしまった。今日のアフリカの貧困や飢餓の原因のひとつは間違いなくここにある。また白人たちが1885年のベルリン会議で、部族のまとまりを分断する境界線を勝手に定め、現在も続く国境紛争の種をまいたことも忘れてはならないだろう。飢餓も戦争も、もとをたどれば白人によってもたらされた厄災にほかならないのだ。われわれは、こういう生きた人間の悲惨をそのままにして、地球にやさしくだの、自然を守ろうだの、そんなゼイタクなことばかり言っていていいんだろうか。
何度目かの大戦中のこと、イギリスから疎開しようとしていた子どもたちを乗せた飛行機が南太平洋上で撃墜された。生き残ったのは子どもだけ、場所は絶海の孤島である。そうした窮状にありながら、彼らは身を寄せ合いルールを定め、秩序のある生活を作り上げていく。やがて水や果物も見つかり、あるいはこのままのびやかで平和な暮らしが続くかに見えた。が、小さな食い違いが重なるうちに、小屋を作り烽火を上げ続けて救助を待とうとする穏健なグループと、歌い踊り野生の豚を狩る祝祭的な興奮に酔うグループとが激しく対立するようになってしまう。豚を狩るように仲間を狩り立てる狂気が、山の木々を燃やし続ける炎のように、逃げ場のない孤島を覆いつくしてゆく…。ともに生き抜くために助け合っていたはずの子どもたちが、それぞれの正しさをぶつけ合ったあげく、取り返しのつかない憎悪に呑みこまれてゆくさまは、まさに人間の歴史の縮図である。悪というのは外からもたらされるものではなく、無垢な子どもの心にすら巣食うものなのだ。
ものすごく大切で当たり前のことなのに、ちっとも知らなかったことを教えてもらった。まったく憲法の本質をこれほど平明に説明してもらったことはない。なんでも「憲法」というのは、要するに「国家権力の行使に歯止めをかけるためのもの」なのだそうだ。国民を統制する「法律」とはまったく向きが反対なのだ。憲法を守らなければならないのは、政治家や公務員といった国家権力を行使できる強い立場の人たちであって「国民」ではない。つまり憲法は、国家権力から国民を守るために定められているというのである。ここまで分かればあとはもう簡単。時の権力からすれば憲法というのは足かせにほかならないわけで、より自由に政治をやりたい=権力を行使したい彼らとしては、憲法を改正したいと願うのはきわめて当然なのだ。どうも改憲論というのは「米国に押しつけられた憲法だ」とか「アメリカやドイツはもう何回も憲法を修正してきた」などという言い方をすることが多いが、こういう情緒だけに訴えるプロパガンダに乗せられてはあぶない、ってことを知った。
| 2005-08-17
小栗左多里「ダーリンは外国人」 |
日本人は昔っから日本人論が好きである。それも「日本人というのは世界で類を見ないほど特殊で、それはもう何と言うか、とにかくそれはそれは特殊なんですよお」といった論調でありさえすればよく、誉めるかけなすかはそれほど重要ではない。で、本書は、夫であるアメリカ育ちのトニーさんのヘンな言動をネタにしたマンガなんだが、どういうわけかそこらのヘナチョコ本より桁違いに面白い日本人論になっている。ひとつだけ例を引こう。トニーは、自分の家族を紹介するのにやたらに謙遜する日本人にはありがちな態度が理解できない。いいところがいっぱいある家族をどうして他人に向かって「いいところがない」「自慢できる娘ではない」なんて言うんだろう、と真剣に考えてしまうのだ。普段は何とも思っていないことでも、こう言われて改めて考えてみると、うーんそりゃトニーの言うとおりだよなっていう気がしてくるし、誰の意思でもないような慣習がひとり歩きしてしまう不思議さを考えてしまったりもする。10分くらいで読める本だが、心当たりを思い出しながらゆっくり楽しむのがいい。
| 2005-08-16
江守賢治「漢字筆順ハンドブック」 |
著者は文部省主任教科書調査官をつとめた人で、国語国字評論家。口絵に東大寺の西大門に掲げられていたという「金天王護国寺」と彫った字からしてすでに面白い。「王」という字はこの時代、漢字の「三」を彫ってから縦画を入れているのが彫り跡からはっきり分かるのだ(もっともその方が彫りやすいという事情はあるけれど)。で、この本で「王」の書き順を調べてみると、学校で習うとおりの「横タテ横横」だけでなく、西大門の額と同じく「横横横タテ」もオッケーとある。おお。「感」とか「恵」あたりは正しい書き順が三通りも挙げられているし、とめてもはねてもどっちでもいい字だってゴロゴロある。たとえば「木へん」の縦棒などは「小学校教科書の活字はとめている。一般でははねるのが普通」という具合だ。今も昔もわずかなとめはねに目くじらを立てて、たったひとつの書き順しか認めない教師が多いようだが、意外と漢字は自由なものだったのだ。そのくせ凹凸なんていう字の書き順がひとつしかないってのもすごいけど。
| 2005-08-15 ガルシア・マルケス「百年の孤独」
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ほんのわずかな人たちがちいさな村を開拓した。村の歴史は、中心的な存在であるブエンディーア一族の盛衰とまさに重なっていた。これは一家の数奇な運命を数代にわたって描いた絵巻のような物語である、なんて要約をしても、ちーともこの作品を説明したことにはならない。どれほど重要な人物でも、生身の人間としてではなく、神話の中での象徴の役割を果たすために登場する。流浪のジプシーは空飛ぶ絨毯で空を駆け、村を育て上げた父祖たる老人は庭の木につながれたまま忘れられ、死んでもなおその姿が見えながら不審とも思われない。美しい娘は壁の土を食べ続け、死んだ男の血は一筋の流れとなって生き物のように通りを渡り、生まれた家に戻る。これらの挿話がふわふわとした夢がたりのようなものではなく、ごくふつうの現実として語られる。それほど意味があるとは思えないこのようなおびただしい挿話が、別段結びつきもせず、流れを形作るわけでもなく、コラージュのようにてんでに配置されていく。こういうと、旋律や拍子の定まらない現代音楽のような居心地の悪い作品を想像するかもしれないが、とんでもない。この作品の世界はきわめて強固であり、読み手の中にしっかりしたイメージを結んで曖昧なところがない。神話だなあ。
日露戦争の舞台裏で活躍した明石元二郎を描いた作品。当時陸軍大佐であった彼は、参謀本部の命を受け、対露革命工作に奔走した。帝政転覆を謀る反政府組織をたきつけ、資金を提供することによって、ロシア各地で暴動やストライキを頻発させることに成功した。1905年の第一革命は、彼の諜報活動の結実と言われる。ロシアはそれらの騒擾を鎮圧するために軍隊を派遣せざるを得ず、全軍をもって日本に対することができなくなってしまった。日露戦争の勝利の裏には、剛胆な精神と繊細な気遣いと冷徹な判断力をもってしのぎを削るこういう戦いもあったのだ。お話としての脚色も混じってはいようが、全編めっちゃ面白い。今でこそ政治音痴で外交下手と言われているが、かつての日本は他国の革命を誘導してしまうくらいにすごかったのか。読んでいるうちにすっかり愛国中年になってしまったぞ。日本ばんざい。
もちろん言葉は次第に変化してゆくものではあるが、それにしても終戦を境にして、長く使われてきた当たり前の言葉の数々があまりにも急速に失われてしまった。中でも文語の退潮は著しい。山本夏彦は文語をはじめとした古くとも味わい深い言葉を、淡々と紡ぎ出すように語る。たとえば萩原朔太郎の「いとほしや/いま春の日のまひるどき/あながちに悲しきものをみつめたる我にしもあらぬを」という一節を引き、「これを口語文にしてみれば分る。ただ冗漫になるのみである」という。彼は大正生まれですでに口語文の時代だから、何も懐かしさだけで語っているのではない。よいものを捨てるのは惜しいということである。しかも古い言葉を深く惜しみながらもさすがに目が見えていて、「言葉の誤りをとがめるのは実は自慢だから……私はしない。それより言い回しの滅びたのを惜しむ」と述べている。ごく当たり前のようでありながら、これもまた味のある言葉だと思う。激しい吊し上げよりも、ずっと強い。
物理学者にして随筆家にして夏目漱石の弟子にして「吾輩は猫である」の寒月君のモデルでもある寺田寅彦の随筆集である。そうした予備知識なしに読んでも十分味わい深い文章ではあるが、やはりところどころに顔を出す科学者らしい考え方がいかにも楽しい。初めて庭の芝を刈ることになったときに、まずハサミを持たずに刈る真似をしてみて自分にやれるかどうか試してみたり、できるだけ短時間にできるだけ少しの力学的仕事を費して刈り終わるにはどうするのが適当か、なんてことを真剣に考えているのがまったくおかしい。草を刈るザックザックという音をどうして愉快に感じるのか、ということを「音自身よりはむしろ音から連想する触感に一種の快を経験するのではあるまいか」と考えるのも、事実をもとに推論する学者らしい習性か。生活記録としてもおそらく貴重で、たとえば日本中どこの家でもネズミに悩まされているとか、庭の木にぶら下がっているミノムシを何十も駆除するなんて話を読むと、日本という国がいかに隅々まで変わってきたかがよく分かる。
「哲学の教科書」というすばらしい入門書を書いた後、不幸にも周囲との衝突を厭わず不機嫌に怒り続ける芸風がうけてしまい、「うるさい日本の私」だの「私の嫌いな10の言葉」だの、つまらない企画ばかりが続いてしまった中島先生が、久しぶりによい本を出してくれた。カント倫理学の入門書である。「よい人」たちのうちに潜む悪をじっと見つめ、自分の中の悪の存在に気づきもしない素朴さを憎む視線は、カントのものなのか、それとも中島氏のものなのか。本書によると、自己愛から出る行為はいくら人に喜ばれ感謝されるものであっても、すべて悪なのだという。善というのは「何をしたか」ではなく、道徳法則に対する尊敬に基づいてなされたかどうかで決まるものなのに、われわれはいつも自己愛を優先させることしかできない。したがって、自分と周りの人たちの幸福を願いながら、いやそれを願うからこそ、結局われわれは悪を行うことしかできない存在なのだ。しかしそのことを知るときに、われわれは最高善を渇望し叫ぶだろう。道徳的であるとは、このことを自覚することにほかならない。
立原正秋の自伝的小説。韓国の禅寺で過ごした幼年時代の描写が素晴らしい。老師から漢籍の手ほどきを受け、父からは美しいものを見る目を教えられ、雲水頭からは正しさと向かい合う真っ直ぐな姿勢を叩き込まれる。冬の身を切る冷気のように張りつめた空気が、そのまま作者の人となりを表しているようだ。父の自裁を目のあたりにし、幼くして無常を知った彼は、卑劣なもの、弱いものには容赦のない視線を向ける。自分を愚弄する上級生を顔色も変えずにナイフで刺すというエピソードは自筆の年譜にも書かれているが、その一方で、古典に沈潜し、公案をよくし、白磁の壺に花を一輪すっと投げ入れるような美を愛した。後年の検証で、この作品はもちろん年譜ですら多分に脚色され創作されたものであることが分かっているが、ここまで凛とした美しさを描けるならば虚構であろうと一向に構わない。立原には、メロドラマばかりでなく、こういう作品をもっと書いてほしかった。
梅雨が明けて日差しがいっそう強くなる頃になると、なぜか「笑坂」を読みたくなる。信濃の追分の小さな別荘に夏の間だけ滞在する後藤明生の生活雑記である。この作品の魅力は、みごとに何も起こらないところにある。子どもの頃に書いた夏休みの日記を引き延ばすとこんな感じになるのかもしれない。ケヤキの木が切り倒されて道をふさいでいたとか、土地の老人が笑坂という地名の由来を語って得意げに笑ったとか、雨樋にたまったアカシアの腐葉を取り除いたとか、そういう他愛のない話ばかりがフツウに続くのである。話を盛り上げるわけでもなく、冗長になりそうなところをはしょるでもなく、蘊蓄を語るのでもなく、時間の流れそのままのような調子で淡々と続くのだ。ところがどういうわけか、退屈しない。読者の顔さえ見ずに、自分のことを自分のペースで語るだけというようすなのだが、読むほどに行ったこともない追分の夏を思い出すような心地がするのだ。まったく感傷的でもなく、懐古的でもなく、つまりは何の作意もないように見えるのに、何でだろうなあ。
共通感覚というのは、視覚、聴覚、触覚などの五感を貫き統合する感覚のことだ。ところがこの共通の(コモン)感覚(センス)というものが、近代以降は「共通感覚」としてではなく、みんなに共通した(コモン)まっとうな判断力(センス)=「常識」として捉えられるようになっている。本書はコモンセンスをめぐる歴史を概観しつつ、たとえば視覚ばかりが優位に立つ近代の知覚のありかたを相対化しようとしている。要するに、触覚に代表される体性感覚的統合を唱えるわけだ。で、視覚のゆらぎを考えるために引き合いに出されるのは、ルネ・マグリッドの「これはパイプではない」と題されたパイプの絵であり、エッシャーの「物見の塔」などのだまし絵である。全体的に誰でもホイホイ読める本ではないが、そんな分かる範囲で小ネタを拾うだけでも楽しめる、なんて言ったら叱られるだろうか。そうそう、読んでいるうちに、アルファベットに色を見た詩人ランボーを思い出したが、こういうのは諸感覚が干渉し合う「共感覚」というもので「共通感覚」とはちょっと違うとか。うーん、面白いがむずかしいなあ。
| 2005-08-07 畑村洋太郎「直観でわかる数学」 |
数学の読み物としては比較的評判になった本。「この本を読んでも数学の問題を解けるようにはならないだろうが、数学の本質がズバリ分かることは保証する」というのが著者の言である。もっとも身近な例を引きながら数学の概念を説明する、という本は版元や著者が力説するほど珍しいものではなく、たとえば遠山啓や大村平が何十年も昔に出した本だってそうだった。それに本書が扱うのはあまりに入口すぎて、教科書レベルの問題ですらまったく解けるようにはならない。それでは本書の何が優れているかというと、まず「押しの強さ」だろう。教科書はこういう点がダメ、ほんとはこうなんだっていう語り方のふてぶてしさが素晴らしい。いや、これは皮肉ではない。売れている教師というのはみな「わたしの教え方は最高です」っと宣言しているものだし、そうした強さがあればこそ、読者や生徒はついて行く気になるものなのだ。少なくともよい参考書に求められる自信に満ちた態度という条件だけは満たしている本だと思う。
「本を読んでも目には映っているが印象をとどめないことがある。なぜか。答は決まっている。速く読んだからだ」「速く読むと、どんないいことがあるのだろう。私はいままでに、ただの一度も、本を早く読んでよかったと思ったことはない」。筆者の主張はこのとおり明快である。速読なるものは「情報」をどんどん摂取し、どんどん排泄していく人生を選択した人だけがやっていればよろしい。わたしは情報を出し入れするためではなく、文章を味わい本を楽しむためにゆっくり読む。こんな風に言われると、まったく返す言葉がない。時間を無駄にしないためにすばやく必要な情報だけを取り出す、なんて読み方を勧める人も多いが、たしかにそんなことをしても、ゆとりのある時間が生まれるってわけじゃないんだよなー。うんうん。
全5巻で30万円くらいした豪華本「古寺巡礼」に、ちょちょいと手を加えて文庫にしてくれたありがたい本。ちなみにお値段は880円。ブラボー。土門拳の写真は、美しいものを撮っているというよりも、撮ることによって美を生みだしているようだ。それも特殊なライティングなどによってこねくりまわした絵ではなく、自然の光を待って、一瞬見えた本当の姿を撮っている。止まっている仏像に30分もの露出をかけたり、バシャバシャバシャとあっという間にフィルム一本を連写したりする撮り方がどれだけ効果をあげているのかは知らないし、もしかしたら、たった一回しかシャッターを切らないという入江泰吉あたりの方が格好いいのかもしれない。でも軒を下から見上げた組み物や金剛力士像の足、厨子の扉の錠などというものの美しさは、みんな彼の写真に教えてもらったのだ。写真に添えられた随筆もみごと。いい本だなあ。
| 2005-08-04 野田正彰「狂気の起源をもとめて」 |
医者であり文化人類学者でもある著者が、パプア・ニューギニアで行った精神病の調査の記録。パプア・ニューギニアの高地は1950年代の後半まで現代文明と接触することがなく、石器時代からほとんど変わらない生活を続けてきた。それが急激に西欧文明にさらされたために、さまざまなきしみを生むことになった。彼らは1975年の独立まで、酒を飲むという習慣をもたなかったが、ひとたび酒の味を覚えてからは、稼ぎのすべてを飲み尽くすことも珍しいことではなくなった。警官が警備に立つ金網で囲われたバーで、飲み叫び喧嘩をする。民衆とっての文明化とはつまりそういうものだったのだ。本書が書かれてからもう25年近い。いまだに呪術的な信仰が根強く残り、まったく異なった800以上もの言語に分かれた500万人の人たちは、今この時代をどのように生きているのだろう。
| 2005-08-03 大島直政「ケマル・パシャ伝」 |
トルコが、第一次大戦のあと亡国の危機に瀕しながら列強を追い出して独立を守れたのは、ひとえにケマル・パシャという「鉄人」のはたらきのおかげといってよい。救国戦争の勝利は、ケマル抜きにはあり得なかった。そして彼は、ただ戦時の英雄というだけではなかった。政教分離を成し遂げ、さまざまな改革を断行することで、トルコを近代国家へと変貌させることに成功したのだ。イスラム社会にあって、宗教法よりも憲法が優先するだの、公教育で宗教を教えることを禁止するだなんてことは、常識的にはまったく考えられないことだった。さらにトルコ帽を廃止し、アラビア文字による出版を禁止してローマ字を導入するなんて、彼のほかにいったい誰ができたろう。一人の男の意志が長い歴史を持つひとつの国をすっかり作りかえてしまった。これを世界史上の奇跡と言わずに何と言おう。偉大なトルコの国父として今でも慕われ敬われているわけが、ちょっと分かった気がする。
宇宙から還った者は以前と同じ人間ではいられないという。無に覆い尽くされ、いのちの気配のない漆黒の闇に、たったひとつ青々と輝く地球の美しさは、見る人の人生観をすっかり変えてしまうほど強烈なものらしい。軍人あるいは科学者として、詩的な感傷とはもっとも遠いはずの宇宙飛行士が、すぐそこに神の臨在を感じる、と言うのである。中にはアポロ15号のジョン・アーウィンのように、月から帰った翌年にNASAを辞め、ほんとうに伝道師になってしまった者さえいる。もちろん抜群の知名度を活かして政治やビジネスの世界で華々しく成功した人も多いし、対照的に、宇宙体験を黙して語らないまま孤独のうちに精神を病んでしまった人もいる。どんな形にせよ、究極の体験を経た人たちには、もはや平凡な暮らしなど望むべくもないのかもしれない。
| 2005-08-01 斎藤孝「身体感覚を取り戻す」 |
斎藤孝氏は、プロデューサーとしてあるいは編集者として稀有な才能を持っている人だと思う。「声に出して読みたい日本語」や、その後の何十匹かのドジョウ本たちによって、もはや死にかけていた古典を蘇らせた手腕は高く評価されていい。本書でも驚くような独創が見られるわけではないが、伝統的な日本人の姿を撮した写真がいくつも納められていて、それがほれぼれするほど素晴らしい。しっかり足を踏ん張って物乞いをする戦災孤児。人力車を引くどっしりと腰の据わった車夫。明るく微笑むいなせな若者。相撲を取る子ども。誰もがみな地に足がついた逞しい姿をしている。同じ民族がわずか数十年のうちにこれほどまでに変わるものかと驚いてしまう。もっともこういう写真を見たければ「ボンジュール・ジャポン」を見ればよいし、身体知の巨人、幸田露伴についてなら幸田文を読めばよい。斎藤氏の言う「すごみのあるもの」は、実はこの本にではなく、それらの原典の中にあるはずだ。
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