こんな本を読みました。


2005-05-31 E・Hゴンブリッチ「美術の歩み」

美術史の本として、これほど面白い読み物をほかに知らない。14世紀にジォットが出るまでは、絵描きは職人としか見なされず、どんな名匠も後世に名が残されることはなかったとか、ブルネレスキが遠近法を発見するまでは誰も地平線に消えるまで先細りに続いていく並木を描くことができなかった、などといった意外なエピソードの面白さもさることながら、絵画や建築の変遷を語りつつ、人間の意識そのものの移り変わりをゆったりと描く筆致がすばらしい。

2005-05-30 今泉吉晴「空中モグラあらわる」

ネズミ、モグラ、リス、ムササビなど、比較的身近な動物の生態をくわしく紹介した本。すべての動物は資源が豊富な人間の世界に入り込もうとしているが、それに成功した動物はわずかに三種のネズミだけ、いわば家ネズミは動物界の英雄なのだ、なんていう書きぶりがいい。表題は、金網をまるめてパイプ状にして張りめぐらせ、その中でモグラを飼って生態を観察したことにちなむ。この素晴らしい本が売れないとしたら、それはタイトルと表紙のせいだろう。何とかしてやってくれ。

2005-05-29 若桑みどり「絵画を読む」

ダヴィンチ・コードでちょっと知られるようになったイコノロジー(図象解釈学)の入門書。カラバッジョの「果物籠」はなぜテーブルからはみ出して描かれているのか。籠の中のリンゴはどうして虫に食われ、葉っぱは生気を失い萎びているのか。一見何でもない果物籠だが、そこには若さはやがて衰え、快楽はやがて退廃する、ってな寓意が込められているんだって。「一枚の静物画は一枚の聖母画にひとしい」という彼の言葉は、実はそういう意味だったのだ。この頃の絵はただの写真の代わりではなく、見て楽しむ飾り物だっただけでもなく、深遠なメッセージを含んだイコンだったんだねえ。「絵画を読む」とは、なるほどうまいタイトルだ。

2005-05-28 白川静「漢字」

漢字がどのようにできたのかという話になると、一般的には「山」は山の形をかたどって作られた、なんていう説明をされることが多い。しかしこれでは個々の字の成り立ちは説明できても、なぜ漢字が生まれたのかという疑問に答えたことにはならない。白川文字学では、漢字は人に何かを伝える道具としてではなく「ことだまの呪能をそこに含め、持続させるものとして」生まれた、とする。そういうことを頭に入れて読むと、「道」という字が敵の首を携えてゆくことを意味するとか、「伏」の字は敵の呪詛を避けるために犬を埋めることをあらわすといった説明が、すんなり納得できる。身近な漢字から古代の人たちの精神世界がここまで透けて見えるとは、まったく驚くしかない。

2005-05-27 川北稔「砂糖の世界史」

紅茶といえばイギリスだが、イギリス国内では、ひとつまみの茶も砂糖も採ることはできない。彼らの贅沢を支えたのは、ほかでもない広大な植民地と無数の奴隷の命だった。
カリブ海の島々は一面の砂糖きび畑となり果て、現地の食糧さえ作れないありさまに変えられてしまった。先住民は根こそぎにされ、アフリカからかり集められた奴隷は昼夜の別なく働かされた。今日極貧にあえぐ発展途上国の原型は、こうして作られたというわけだ。砂糖というモノを通して、白人が積み上げてきた凄惨な歴史が浮かび上がる。

2005-05-26 水野敬三郎「奈良・京都の古寺めぐり」

岩波ジュニア新書。副題は「仏像の見かた」。このシリーズには優れた作品が多い。仏像の種類や見分け方を紹介するだけでなく、仏像の様式がどのように伝播してきたかとか、金銅仏、木彫、塑像、乾漆造など制作方法についての説明も詳しく、分かりやすい。この本のおかげで、仏像を見るのがほんとうに楽しくなった。芸術は心で感じるものかもしれないが、知らないと味わえないことも多いんだよなー。

2005-05-25 長谷川宏+谷川俊太郎「魂のみなもとへ」

哲学者の長谷川宏が谷川俊太郎の詩を選び、そのひとつひとつにエッセイを添える、というちょっと変わった趣向の本。長歌とそれにたいする反歌のように互いが共鳴し合っているような作品もあれば、歌会の題詠のように同じテーマでまったく違った世界を描いているのもあって、なかなか楽しい。相手に気をつかってヨイショしていないところがいい感じである。ちなみに長谷川宏の奥さんは、あの名作絵本「めっきらもっきらどおんどん」の長谷川摂子。なんだかビックリ。

2005-05-24 加藤徹「漢文力」

基本的に「中国古典に学ぶリーダーの生き方」のような本は安っぽくて嫌いなのだが、この本は別格。著者の懐の深さを感じる。キティちゃんや松田優作や金子みすずやブレヒトが、荘子や老子を読み解くヒントとしてごく自然に登場するのが楽しい。どのページも退屈するところはないが、なかでも古代の中国では「戦争の手段として黄河の堤防を切らない」という条約が作られていて、それが二千六百年間も守られ続けた、という話には驚いた。ちなみにその条項が破られたのは1938年。中国軍が日本軍の進撃を食い止めるために堤を切り、数十万人もの犠牲者を出したとか。長い歴史を歩んできているわりに、人間というものがちーとも利口になっていないのが、ちょっと悲しい。

2005-05-23 波多野精一「西洋哲学史要」

明治34年に書かれた哲学史の名著。「かくのごとき明々白々たる矛盾を発見するには必ずしも炯眼と達識を要せざるなり。しかもカントの大頭脳にしてその矛盾に陥りて恬然たりしものは何ぞ」なんていう名調子にしびれる。この本には最近、現代語に書き直されたバージョンが出ていて、そちらを参照しながら読むと分かりやすいが、文章そのものの力という点では、やっぱりオリジナルに及ばない。文語の強さと格調の高さに惹かれ、音楽を聴くように読んでしまった。

2005-05-22 アダム・カバット「妖怪草子・くずし字入門

3年も前だったか、くずし字が読めたらさぞ楽しかろうと思って、林英夫の「おさらい 古文書の基礎」を買ったことがある。通信教育で空手を習ってブルースリーのように強くなりたい、というのと同じノリだから、結果なんぞは言わずもがなである。しかし、しかしこれならいけるのではないか。なんせお勉強の題材は、漢字ばっかの候文じゃなくてひらがなだらけの黄表紙だし、妖怪の挿し絵もいっぱいだし。なにより著者がアメリカ人なんだから、アメリカ人でも読めるようになる秘密のノウハウがつまっているに違いない。いやあ、夢が広がるなあ。今日はひらがなの「か」と「は」を覚えた。

2005-05-21 橋本治「絵本 徒然草」

橋本治の本は、ちゃんと読めば面白いんだろ
うなー、と思いながらもなかなか乗れず、結局おもしろくないまま途中で投げ出すことが多い。しかし、これは文句なしの傑作。かの徒然草に現代語訳と兼好の語りによる背景説明を加えた本、といっても面白さは伝わらないだろうから、有名な「つれづれなるままに…」の橋本訳を紹介しよう。
「退屈で退屈でしょーがないから一日中硯に向かって、心に浮かんでくるどーでもいいことをタラタラと書きつけてると、ワケ分かんない内にアブナクなってくんのなッ!」
うーん、徒然草ってのは、七百年たった今でこそりっぱな古典だけれど、当時としては今のことを書いた生身の文章だったんだねえ。