2002年12月

 
       
   
●2002-12-27(金)

若者は年賀状に「アケオメ」「コトヨロ」なんて書くそうだ、などという香山リカちゃんの文章を読んで、中三のUくんがぶりぶり怒っている。今どきの若いモンは、と一方的に決めつけられて不快なのかと思ったら、そうではない。やたらと言葉を省略する若い連中に腹が立つ、のだそうだ。
彼は学校でも「三年生を送る会」のことを黒板に「三送会」なんて書いてあると、いちいち直して回るという。「こんにちは」を「ちゃ」なんて言うのを聞くと、ぶん殴りたくなる、そうだ。
ぶん殴るは穏やかじゃないが、うれしいねえ、そういう話を聞くと。

●2002-12-26(木)

年を追うごとに時間のたつのが早くなって、今年はもう年末なんだなあ。 同じ一年でも10歳の子なら自分の人生の十分の一、40歳なら四十分の一なのだから、そりゃ短くなるのも当然かもしれないが、
ってことは、これから80歳まで生きるとしても、体感的にはあと半分も残ってはいないのだ。もっとも80まで生きられる気なんか全然しないけど。

●2002-12-25(水)

クリスマスのプレゼントに何をもらったか聞いてみると、 お金、という子が意外と多い。 お金を渡すのがいちばん簡単で、お金をもらうのがいちばん嬉しい。それは認める。しかし、それでいいのか、と思う。
昔むかし、ぼくも高校入学のお祝いにお金をもらったことがある。
だがそのときには、これで時計を買うように、という条件がついていた。
もしそうでなかったら、ああこの時計は祖父にもらったお金で買ったのだ、なんて懐かしむことはなかったろう。

●2002-12-24(火)

クリスマスイブだから、今日の授業はお休みである。
こういう嬉しく幸せな日は、子どもたちは家庭で過ごすべきだ。
んで、どういうわけか息子を連れて、京都で仏像を見て回った。
三十三間堂は修理中のものが多かったけれど、相変わらず力強い。
六波羅蜜寺の空也上人立像には、貧しくも尊い大きな物語を感じた。
小さな像に、あんなに圧倒されるとは思わなかったなあ。

●2002-12-18(水)

インターネットでコピー用紙を注文していたら、手続きの途中でパソコンが止まってしもた。仕方がないので最初から注文をやり直した。
今日届いた品物を見て、びっくり。やり直す前の注文もしっかり通っていて、コピー用紙が20000枚。いずれは使うものだからま、いいんだけど、かなりジャマである。

●2002-12-16(月)

パソコンの調子が悪くて、今日は散々。プリンタが動かず焦ったあせった。
こんな風に、自分が作ったわけでもない機械の出来に自分の仕事が大きく影響されるというのは、考えてみると不愉快なことだ。
そういえば偶然にも、今日はお気に入りの「エスエスウェブ」も、システム不調とやらで使えなかった。
今頃きっとスタッフはくるくるパーになりそうに慌てているだろうし、いくらか苦情も寄せられるのだろうが、コンピュータが壊れるなんてことはまったくの事故であって、彼らのやる気や誠意とは何にも関係ないんだよねって、ま、同情に見せかけた言い訳なんですけど。

 

●2002-12-14(土)

子どもの頃、道徳の時間に「赤い子馬」というお話を読んだ。大雨が降ったとき川が氾濫しないように堤を築いたり、赤毛の馬にまたがって領内を巡視し、自ら民百姓を励まして回った立派なお殿様の話だ。国家規模での大きな働きをしたとは言えないまでも、いまだに語り継がれる郷土の名君のひとりである。
その皆に愛された立派なお殿様が、卑劣なテロによって非業の死を遂げられたのは300年前の12月14日。しかしメディアによる世論操作が功を奏したか、今なおこのテロ行為を礼賛する者が絶えることはない。
ブッシュ大統領がこれを知ったら、赤穂なんぞはきっと一面焼け野原にされちゃうだろう。くわばらくわばら。

●2002-12-13(金)

どうでもいい話なのだが、今日40歳になった。
とうとうぼくも20歳のときの倍も生きてきたことになるのだが、それでは生に対する執着が半分になったかと言えばそうではない。 これは若い頃の予想からすれば意外である。若い頃は、長く生きればその分だけいつ死んでもよいような気持ちが育ってくるように思っていたのけれど。
こうしてみると、子どもが若者になり、おじさんからジイさんになっても、生きていたいという気持ちは、きっとあんまり変わらないのだろうなあ、と思う。


●2002-12-12(水)

何年も前に録画したビデオを見た。フランスのフレネ学校を取材した番組だ。第一次大戦のときには、フランスでも国を挙げて軍事教練をしていたということを初めて知った。小学生が揃って銃剣を突き出す写真は、日本の竹槍訓練と何も変わらずいたましい。
時代は流れ、子どもたちは今、エリュアールの詩「自由(リベルテ)」を朗唱している。美しい、真実のことばだ。

●2002-12-11(水)

ナンキンハゼが、バサバサ切られて丸裸にされてしまった!
すっかり葉は落ちているのに、今さら何のために切るんだろう。
枝が伸びすぎると、樹のためによくないのだろうか。
道路に張り出して視界を遮るからだろうか。
それともただ、予算をもらって切ることになっているから、なのか。

白い実をつけた小枝がひとつ、舗道に落ちていた。
黙って拾って、教室の小さなクリスマスツリーに飾った。

●2002-12-10(火)

中島敦「父から子への南洋だより」。南の島からまだ幼い子どもにあてて書かれた手紙の何とうつくしいこと。まるでおとぎ話を読むようだ。あんまりやさしくなつかしいものだから、眺めているうちに、気分がすっかりふにゃふにゃになってしまった。

●2002-12-09(月)

マンガ「陰陽師」の11巻、発売を心待ちにしていたが、難しすぎてちいとも分からんわい。これが理解できる人ってのは、いったいどういう人なんだろう。このマンガに限らず、評論でも文学でも音楽でも、ほんとうは分っていないけど面白いということにしておこう、というジャンルがあるような気がする。それともこんな難しいものをほいほい理解しちゃう人が、何十万人もいるのかなあ。げげ。

●2002-12-06(金)

「ふるさとの民話」というCD付きの隔週誌が出た。
第一回は「ゆきむすめ/かさじぞう」。朗読は壇ふみ。
さっそく買って、さっそく聞いた。だって創刊号は五百円だし。
最近本屋に行くと、世界遺産だの日本の神社だのトレジャーストーンだの英会話だの船や建物の模型を造るだの、やたらとこの手の本が目につくが、その中でも民話というのはうれしい企画だ。世界文化社のみなさん、ありがとう。

●2002-12-04(水)

今日は珍しく朝早くから働いて、終わったのが夜11時過ぎだから、もうくたくた。ぐったり疲れて帰宅したら、息子の借りてきたDVDが。
なに「少林サッカー」だとお、まったく勉強もせずに下らないもんを見おって。まったくこんな下らない、こんな馬鹿馬鹿しい、こんな下品な、こんな面白い、あーもう、こりゃすげーよ、もうこのばかばかしさったら、いやあ、わははははは、こりゃ、もう、わははははは。

●2002-12-02(月)

エスエスウェブという有料ネットがある。
ひと月900円で、朗読やら講演やらの音声を聞かせてくれるサービスだが、いやあ、これが実に素晴らしい。いま田辺聖子の源氏物語講義を聴いているが、優しく品位のある語り口のうつくしいことと言ったら、それだけでも雅やかな王朝のようすが広がってゆくようだ。またまたよいものを見つけられて、嬉しい、うれしい。

 

●2002-12-01(日)

犬山で町おこしのお祭りがあった。
揃いの法被を着て踊る若い人たちがいる。ステージではいくつのもバンドが入れ替わりながら演奏を続けている。ぼくたちの出番は早々にかつ散々に終わったものだから、しばらくあたりを冷やかして回ることにした。
小高い山の上のお城をのぞむ古い町並みに屋台が並び、おでんやうどん、たこ焼きや焼きそば、りんご飴や綿菓子などのものを食べさせる店や、陶器木製品ガラス細工などの工芸品を売る店もあり、どこを歩いても、ざわざわとした活気がある。
そんなにぎわいが少し落ち着いた辺りに、思いがけず四季桜が咲いていた。
白い花と桜色の花が小さく隣りあって開いていて、ぱらついた雨のあと、冷たい風に揺れる姿の、まあなんとも可憐なこと。