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いったん下がってから上がる気温は実際より高く感じるものである。
というわけで、先週すごく涼しかったからこの暑さは実にこたえる。
今日は35.4度だそうだ。一時の暑さを思えばそれほどでもないはずだが、
ちょいとくたばってしもた。
新しいメガネを買った。ものすごく安くて感激した。
これまでメガネを作るとどうしても40,000円くらいかかっていたのに、
今回はなんと18,000円である。
レンズの薄さも今までとまったく変わらないし、かけた感じも今までどおりで、もうびっくり。
フレームは日本製だし、いったいどうすればこんな値段になるのやら。
先週行った眼鏡屋さんは、レンズだけで26,000円です、なんて澄ましていたけど、さてこれからどうなるか。
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神社で見かける絵馬には、心打たれるものが多い。家族のための祈りが美しいのはもちろんだが、こういうのも嬉しい。自分に書かれたもののように、明日もがんばろうという気持ちになる。
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三十三間堂に観音二十八部衆像(にじゅうはちぶしゅうぞう)を見に行った。
不思議なくらい見飽きない。おかげで百メートル歩くのに二時間もかかってしまった。雷神像と那羅延堅固像(ならえんけんごぞう)が特にいい。
ちょっと興ざめだったのは、説明板に「ルネッサンス期の傑作にも比肩すべき云々」ってな書き方がしてあったこと。これじゃ「君は誰々の彼女と同じくらい素晴らしい人だ」なんてほめるようなもの。嬉しくないじゃん。
この夏ハンバーガーが値下げされた。ご存じのとおり一個59円である。
菓子パンの安いやつが80円だから、それより25パーセント以上も安いのだ。
この価格の背景にどんな酷い下請けイジメがあるのか、
どんなすさまじい企業努力があるのかは想像するしかないが、
近頃ハンバーガーてえモンは、どうにも涙の味がするぜ、くうーっ。
ところがテレビでインタビューしているのを見たらね、
「どうせなら一個50円にしてほしいわあ」だってさ。
わたしゃ、ぶっ飛んでしまいました。
眼鏡にひどいキズがついてしまって、見にくくて仕方がない。
これを機会に作り直そうかと思って店を回るが、どうも気に入らない。
ぼくは小さくてまん丸のものが好きなのに、どこにもないのだ。
並んでいるのは細身でちょいとつり上がった「いじわるメガネ」ばかり。
メガネは顔の一部だから、こんな風に流行のデザインからしか選べないということは、自分の顔が流行によって変えられてしまうってことじゃないか。
そう考えると、とっても不愉快なんですけど。
夜寝るときにはいつもCDを聴いている。
ここ何日かのお気に入りは壇ふみが読む坪田譲治の「日本むかしばなし集」。で、思い出したのは桃太郎の話である。
「桃太郎」というのはもっともポピュラーなおはなしだが、その本質はF沢諭吉の指摘を待つまでもなく、
「他国に突然攻め込んで乱暴の限りを尽くしたあげく戦利品を私物化した者を英雄として称える話」である。
桃太郎の正義は今のアメリカみたいなもので、言ってみれば独善そのもの。こいつのどこが正義なものか。
でも、だからと言って桃太郎はいけない話だ、と排斥しようとする人がいたならば、その方がずっとイヤだなあ、と思うのだよ。
久しぶりに幸田文の「終焉」を読み返す。父である幸田露伴の最期を描いた掌編である。
露伴は確かに文豪と呼ばれるまでに名を成した作家ではあるけれど、今日では、作家としてよりもむしろ気骨ある明治の男として、あるいは美しい日本の伝統を伝える教養人として際立って見える。そしてそうした露伴の凄さを伝えているのは、他でもない「不肖の娘」文なのだから面白い。
文がいなければ、露伴の作品は残っても露伴という人は残らなかっただろう。
当時、誰がそんなことを予想できたか。
休みの間、実によく食べた。体重も3キロ増えた。
体重そのものはどうでもよいのだが、成り行きに任せてだらしのないからだを受け入れるのにはちょいと抵抗がある。
やっぱり増えた分はきちんと減らし、からだというものの位置づけを、意識によって制御されるもの、としておきたい。こんな言い方は不遜かもしれないけれど。
台風のおかげか、涼しい風が通る。
毎日がこんなふうだったら、どんなに心おだやかに生きていけるだろう。
釣り堀で鯉を釣った。釣り堀は初めてではないが、釣れたのは初めてである。
とっても面白かったのだが、後から思い出すと、すごく痛いよな、あれ。
自分の上唇に釣り針が刺さって引き回されることを想像すると、ものすごく痛い。
そう、料理も釣りも、魚の痛みはないことにして初めて成り立つものなのだ。
そして世の中のほとんどのことは、こうした省略、無視、単純化によって成り立っている。
気づかないとか忘れるなどという「いい加減さ」が、実は生活を支えているのだ。
終戦記念日。わざわざ敗戦記念日と言い換える人がいるが、どういう意図か。
勝ち負けよりも戦争が終わって平和がもたらされたことの方が、よほど記念するにふさわしいと思うのだけど。
新聞に「わがいのち月明に燃ゆ」が紹介されていた。22歳で戦死した京大生林尹夫(はやしただお)の日記である。ぼくが持っているのは1970年の単行本だが、今ではちくま文庫で読めるらしい。
勉強したくてしたくてしたくてしたくて、戦死の直前まで歴史と文学と経済学の原書を手放さなかったとびきり優秀な男。
彼のような才能を、一瞬のうちに掃き捨ててしまう戦争の悲惨と愚かさ。
午前2時半ごろから起き出して、流星群を見る。見えたのは十数個というところか。流れ星というのは思っていたよりゆっくりと落ちるものなのだなあ。
たわむれに願いごとをと思ったが、いざとなると何も思いつかない。
冗談で(別荘)(ベンツ)などと言ってみるが、口に出してみると本当の望みがそんなところにないことがよく分かった。
上高地に向かう山の中をごとごとバスに揺られていると、
ところどころに土砂崩れの跡が見える。
使われなくなった道路があちらは崩れこちらは埋もれて、寸断されている。
自然の無慈悲さを物語るようだ。
峻険な斜面だもの、崩れてしまえば崩れるのが当たり前に見えるけれども、
この間までは崩れないことにして使っていたと思うと、恐ろしいねえ。
講談社の絵本「猿蟹合戦」にはおどろいた。
昭和10年代の絵本を仮名遣いを改めて復刊したものだが、
猿はサルの姿をしているものの、カニ以下の登場人物はみな、
人の頭をカニやらハチやらにすげかえたという奇怪な姿をしていて、
思わず絶句。
おそらく昔は子供向きの本だからといって、
キャラクターを愛らしく描こうという発想はなかったのだろうし、
ちっこいカニがしゃべったりするよりも、人のからだを持っている方が
「本当っぽく」感じられたのだろう。
それはそれで興味深くはあるが、今夜ばかりは夢を見たくないなあ。
夕方4時過ぎに、見知らぬ人が訪ねてきた。
頭に薄手のスカーフを巻いたタンザニアの女性である。
こう言っては何だが、身なりはあまりよろしくない。
今授業中なんだけどさ、何のご用?
と水を向けると、Eメールを送りたいという。
うーん、どことなく怪しげではあるが、ま、いいか、と招き入れる。
今までにも道を尋ねに来る人やトイレを借りに来る人はけっこういたし、
漱石の「猫」によれば
「得難き機会はすべての動物をして好まざることをも敢えてせしむ」
そうなのだし。
思わぬお客の来訪は、ま、新鮮と言えば新鮮ではあったが、
それにしても、なぜウチの教室に?
謎は深まるが、ぼくは考えても分からないことは考えないタチである。
8月に入ってから、毎日最高気温が35度を超えているという。
暑い暑いと言っても仕方がないとは知っているが、それにしても暑い。
今日も37度を超えたそうだ。。日陰の風通しのよい百葉箱の中でそれなのだから、アスファルトの照り返しの中での実際は、いったい何度になっていることやら。
50度か、60度か? もう勝手にしてくれってカンジ。
試しにマンホールの上に卵を割り落としてみるといい。
じゅうじゅうと目玉焼きができるだろう。
なあに食べても大丈夫。灼熱のマンホールの上で生きていられる雑菌はいない。
ミネラルウォーターを飲みながら考えた。
この「伊豆の天然水」はバーゲン品で2リットル128円であるが、
ふつうコンビニで売っているヤツは500ミリリットルで150円近くする。
いっぽうガソリンは、安いところで1リットル89円である。
サウジアラビアじゃあるまいし、水の値段がガソリンの3倍かい。
ヒロシマを描いた「碑(いしぶみ)」という本を読んだのは、
たしか中2の夏休みだった。
一読し、衝撃のあまり居ても立ってもいられず、
翌週ひとりで広島の原爆資料館を訪ねた。
もっとも正視するにはあまりに辛く、
展示物をつぶさに見て回った記憶はない。
ぼくは昭和37年の生まれだから、もちろん戦争を知っているわけではないが、
それでも飛び出すように広島に向かったということは、
あの頃はまだ戦争というものが昔話になりきっていなかったのだろう。
今日の気温は38度を超え、この夏一番の暑さだとか。
8月6日を思い出すには、このくらいがふさわしい。
滑舌(かつぜつ=はっきりとした音でしゃべること)が一番しっかりしているのは、どうも小学校の低学年の子のような気がする。
高学年あたりから舌が回らなくなってきて、高校生くらいになると語尾が聞き取れないような発音になってしまう子が多いように思うが、気のせいか。
試しにウチの子たちに早口言葉を言わせてみた。
生麦生米生卵、はい!
「なまむぎ生ゴミなまたまご」
腹ァ抱えて笑ったぞい。
財布が見あたらない。よくあることではある。
半年ほど前にも大騒ぎして、カードを解約したりうろうろしたりいらいらしたり八つ当たりしたりした挙げ句、あろうことかカバンの中から見つかった、という大失態を演じたばかりである。
大抵は自宅かクルマか教室に置き忘れているので、今回も順に探していったが見つからない。今日のお昼はTさんにご馳走になったから、財布は取り出さなかったはずだ。ひえー、どないしょー。それでもほかに当てがあるわけでなし、まずはお店に行ってみる。
そしたらね、あったのよ。
何でも駐車場に落ちていたのをお客さんが拾って届けてくれたという。
お店では免許証の住所からわざわざ電話番号を調べ、ぼくの家に電話をくれたそうだ。感激した。拾ってくれた人にも、手間ヒマかけて連絡してくれたお店にも。
明日改めてお礼に行こう。
おいしいうなぎの「小川屋」さん、本当にありがとう。
夜、花火をみた。花火ってのは絵のばかでかさといい、美しさといい、空気を震わせ身体に響く轟音といい、あたり構わずどーんと行っちゃう傍若無人さが、いいねえ。まさに我が物顔に世界を独占しているって感じ。
これがもし、病人や老人や赤ん坊や朝の早い人たちに配慮してひっそり打ち上げましょう、さあ、みなさん静かにお集まりください。では、いきますよ、ぷすっ。ひょろひょろ、ぱっ。ぷすっ。ひょろひょろ。ぱっ。えっ、明るすぎますか、じゃ、ちょいと控えめに、なんてもんだったら、つまんないよなあ。
でっかい花火を、半分口を開けながら、飽きずに眺める。
これはきれいだあれはどうだと口にしてはいるけれど、心はどこかへとんでしまっている。この気分がいい。
江戸の花火なんてのは今よりももっと非日常的な装置だったろうから、当時の人たちは文字通り陶然として夜空を見上げたことだろう。
夜が闇だった時代の中での花火の夜ってのは、いつも派手ハデの照明に囲まれているぼくたちからは想像もできない、すごい祝祭空間だったんだろう。
めちゃめちゃ地味な日常を突き抜ける花火の一方的な乱暴さが、日々の生活で溜まった澱をそのままどかーんと吹き飛ばす。
そんな様子を思い浮かべると、ますます花火ってのは、いい。
お昼すぎにさっとひと雨降ってくれたおかげで、過ごしやすくなった。
昨夜はあまりに暑いので、氷枕をしながら寝た。
冷房をつけた方がそりゃ涼しいが、夏なのだから涼しすぎるのもいやなのだ。
四季のある国なのだもの、暑いときには暑さにうだり、
寒いときには寒さに震えるのも、ま、悪くない。
そうだな、うー、32度までなら。
朝から信じたくないほど、暑かった。昼間の気温は37度を超えた。
ひどい湿気をともなった名古屋のこの暑さは、犯罪的なまでにむごい。
ずっと以前この季節にインドに行ったら、あちらの方が涼しかった。
許せん。
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