とんだ入試問題

 

東京の某私立高校が、
入試の英語に非常識な出題をしたカドで、
世間の激しい非難を浴びている。

問題となった英文は、
修学旅行の感想文という体裁で書かれているらしいが、
その内容たるや、さすがに話題になるだけはあって
相当なものである。

何しろ元ひめゆり学徒の証言を、
「退屈で飽きた」と評しているだけでなく、
「なぜ筆者は聞いた話が気に入らなかったのか」
という問題を出し、
「彼女の話し方が気に入らなかったから」
などと答えさせていたのだから、
騒ぎにならない方がおかしい。
必死の思いで戦争の悲惨さを訴え続けてきた
おばちゃんたちに対する非礼はもちろん、
受験生の心に残る影響を思っても、
まったくけしからんことである。

しかし、そうはいってもねえ。
試験の目的が「英語力の測定」にある以上、
こういう問題を出したくなる気持ちも、
まんざら分からないでもないんだよな。
英語の試験、という面に限って言えば、
狙いはなかなかよかったとさえ思う。

というのは、
英語の入試問題のいちばんの役割は、
受験者の英語の力を測定することで、
そのためには英語以外の能力の入り込む余地を
小さくするに越したことはないからだ。
極端な話、英語の力を計るのに
「数学を使えば解けてしまう問題」
を出したりしちゃだめなわけで、
同じように、英語力をみるためには
合理的に考えたら内容が推測できてしまうような
文章ではダメだ、という考えがあってもよい。

個人的な話で恐縮だが、
ぼくは高校生の頃から、
いわゆる文脈を読むことにはけっこう長けていて、
文章がこの先どういう展開をするのかという予想だけは
うまかった。
白状するが、大学入試の時点では、
ぼくは常識にしたがって文脈を読んでいたのであって、
英語自体はろくすっぽ読めてはいなかったのだ。

もしあのとき「論理的にはめちゃくちゃだけど
一文ずつの英語としては正しい文章」とか、
「事実に反する内容を正しい英語で書いた文章」
なんてものが出されていたら、手も足も出なかっただろう。
たとえば 、入試問題が、
「ナポレオンはロシア全土を制圧した後、フランス革命を
指導してルイ18世として即位した」とか、
「肉に犬を投げてやったらワンワン吠えて喜んだ」とか
「好天が続いたためにあちこちに水たまりが残っていた」
なんていう文章だったら、 まったく読めなかったに
違いない。
「犬に肉を投げてやったら…」とか、
「好天が続いたにもかかわらず…」 なんて
もっともらしく訳していたに決まっている。

その点、「ひめゆりの話は退屈だった」という文章は、
常識からはまず予想できない内容であり、
配慮を欠いたおバカ問題だったとはいえ、
「英語の問題としては」
おもしろいところを狙っていたと思う。

いずれにしてもこの騒ぎ、
誹謗中傷を目的としていたわけではないし、
校長以下関係者が沖縄まで謝罪に飛んだそうだし、
ほどほどのところで収めてもらいたいものだ。
おバカな無神経もイヤだが、
不寛容な正義ってのも、これまたイヤなものだからさ。