目が悪いってことは

 

床屋に行った。
ぼくは目が悪いので、
髪を切ってもらっている間じゅう、
まるで状況が分からない。
ばらばらと落ちてくる髪の長さから、
こんなくらい切っているのね、と推測するのが
せいぜいである。

こんなもんでどうですか、と
手鏡で後ろの具合を見せられても、
見えないものは分からない。
途中でメガネをかけるのも、
実は見えないんだよね、と
説明するのも面倒なので、
んん、と生返事で済ませてしまう。

で、最後に、お疲れさまでした〜、
とメガネを渡されて、
はじめて何が行われていたか分かるわけ。
わーお。これはなかなか。

前から思っていたのだが、
目が悪いというのは、立派な障害である。
だって、
もし縄文時代に生まれでもしていたら、
サカナやケモノを捕ることができない。
だからといって、
木の実を採ろうったって、それも無理。
そんなちっこいもん、見えるわけがない。
切り株を踏み抜いたり、
崖から落ちたりってなことも避けがたく、
ってことは、誰かに助けてもらわなければ、
近視のぼくなど、 飢え死にするのは確実なのだ。

おお、自然の摂理からいえば、
おれは生きていくことができない人間なのか、
と合点したら、
何だかこうして生きていられることだけでも、
ちょっとありがたいように思えてきた。

そう考えれば、
髪型が少々気にいらなくたって、
そんなことは、まったく小さなことである。
ああ、そうだとも。