ファイトだ、おまわりさん!

 

 

 

人通りがすっかり絶えた暗い道を帰るときには、
交番が見えてくるだけで、何だかほっとする。
ほっとするのはただ、
もうすぐ家だ、と思うからではない。
気持ちのどこかで、
やっぱりおまわりさんを頼りにしているからだ。

それだけに、埼玉の交番で起こった事件は、
ちょっとショックだった。
交番に駆け込んだのに、
引きずり出されて、ボコボコにされて、
あちこちを骨折するような重傷を負った、
なんて、ひどいよねー。

今度の事件は、
陰でこそこそ不正を働くといった
まいどおなじみの不祥事とはわけが違う。
たしかに今回も騒ぎをもみ消すために
「交番には入ってきていない」
なんて姑息なウソをついちゃったりはしたが、
そんなことは、事件全体の重さからみれば、
まあご愛嬌だ。

それより重大なのは、もちろん、
助けを求めて駆け込んできた人を、
見殺しにしたことである。
彼らはつまりこれによって、
真面目に市民を助ける気がないことや、
法律を守る気がないことや、
暴力が怖くてしかたないことなどを、
すっかりさらけ出してしまったわけだ。

うーん。
市民を守る気がない警官というのは、
運転をする気がない運転手のようなものだし、
暴力が怖くて逃げちゃう警官っていうのは、
魚にさわれない寿司屋みたいなものだろう。
いらないじゃん、そんなの。
警察は、正義の味方のプロなんだから、
しっかりしてもらいませんと。

何にせよ、事件は起こってしまったし、
警察に対する信頼は、すでにぐらぐら。
肝心なのは、この始末をどうつけるか、である。

新聞の社説では、
事実を徹底的に調査し、
真相を究明するとともに再発防止に全力を挙げ…
なんてことを相変わらず言っているが、
いくら細かく事実関係を分析したって、
信頼というものは、
そんなことから生まれるものではない。
信頼されるかどうかは、どんな調査をしたかではなく、
ひとえに警官が頼もしそうに見えるかどうか、
にかかっているのだ。

そこで提案なのだが、
どこかの芸能プロダクションから
ごつくて怖くていかにも極悪非道な悪役俳優を
5、6人でも借りてきて、
善良なる市民の皆さんの目前で、
大立ち回りの末やっつけるってのはどうだろう。

信頼を回復するため、という目的に照らせば、
つまらない釈明会見なんかをやるよりも、
ずっとよい方法じゃないか。

おまわりさん、ファイトだ。