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きのう、吉野家に行った。
アメリカ産牛肉の輸入が止まり、
今月いっぱいで
牛丼の販売が中止されるということなので、
いわば食い納めのつもりである。
席につくと、カウンターの向こうから、
ちょいと太ったおばちゃんが
よっこらしょ、と
乗り出すようにお茶を出してくれた。
そのとき 、こともあろうに
あのでかい湯飲みを、
ものの見事にひっくり返してしまったのだ。
熱いお茶はぼくの上着とズボンを直撃した。
とは言え、
熱かったのは最初の瞬間だけで、
だんだん冷たくなっていく感触は、
まぎれもない、幼い頃のあれだった。
プルーストはマドレーヌを一口食べた刹那に、
幼い頃のことを思い出したというが
熱いお茶が急激に冷たくなっていくにつれ、
ぼくも幼いときのことを
生々しい感触とともに思い出していた。
冬の暖かな布団の中で、
いけない、いけない、と思いながら、
快楽に身を任せてしまった後の
あの寝覚めの感触が、
何十年ぶりかによみがえってきたのである。
そうだ、あれは小学校一年生のとき、
夢の中でぼくは、
3つ違いの兄とふたりして、
ドブ板の上からどちらが遠くまで飛ばせるか
競い合っていたのだ。
何かおかしいとは思ったけれど、
あんなに楽しくて、あんなに気持ちのいいことを
どうして途中でやめられるだろうか。
そういえば、風呂の中で、
湯船につかりながらしてしまうのも
好きだった。
今日ね、幼稚園でね、と話していたのが
ふいに口をつぐみ、
くるりと向こうを向いたかと思うと、
湯船のへりにつかまってじっとしている。
たしかにおかしな様子だったろう。
しかし
どうしたの、と聞かれても、
母よ、ぼくに何が答えられただろうか。
というわけで、
上着もズボンもマフラーも濡れてしまったし、
クリーニング代も出してもらえなかったし、
一度は「お会計、牛丼と卵で330円です」と
何ごともないように言われてしまったりもしたけれど、
結局はタダにしてもらえたから、まあよかったか。
平謝りに謝るおばちゃんに
いいってことよ、と言い置いて、
吹きすさぶ風の町へと出て行ったのであった。
北風が冷たくピープー吹く中を歩きながら、
しかしぼくは激しい後悔を抑えることができなかった。
過ぎたことを悔やんでも仕方がないとは知っているが、
それでも 、ああ、
こんなことになるのなら、
けんちん汁とごぼうサラダも頼んでおけばよかった。
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