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もうすぐ小学校の卒業式である。
学校からの「お知らせ」に、
卒業する子どもたちのひとことが載っている。
テーマはおなじみ「15年後のわたし」である。
こういうものを見たときには、
「ふつうのサラリーマンになっている」
「平凡に暮らしている」
なんていうのを見つけては、
「今の子どもは夢がない」と嘆くのが
昔からのお約束と言ってよいが、
もちろんぼくは、そんなことを言うつもりはない。
だいたい、
「宇宙に行って火星を支配する」ような
その場かぎりのでまかせを、
「こどもらしく夢がある」
なんて誉めるほうが、よほどどうかしている。
いくら子どものこととはいえ、
実現する気のない大言を吐く者を、誉めてはいけない。
「会社員になります」でもいいじゃないか。
ぼくもあなたも平凡に生きている。
人というのは、みなその人なりの当たり前を生きている。
そういう世のすがたをうっすらと感じて、
ああ、ぼくもまた当たり前に生きていこう、と
思うとすれば、それは立派な決意じゃないか。
ま、そんなことはともかくとして。
よいものもたくさんあった。
「医者になりたい」「弁護士になりたい」
「大金持ちになりたい」「サッカー選手になりたい」
なんていう、
お金と名声とあれとこれとこれを得ることで
わたしだけが幸せになりたいです !
という類が多いのは当然なのだが、
「医者になって、苦しんでいる人を助けたい」
「弁護士になって、無実の人を救いたい」
「薬剤師になって、人のために役立ちたい」
「花屋になって、みんなが喜ぶ花束を作りたい」
なんていうのもずいぶんあって、うれしくなる。
これが子どもたちの本心であるかどうかは
大した問題ではない。
こういう生き方が、人として価値のあるものであると
彼らが知っていることが大切なのだ。
ぼくたちはともすれば、
「どうすれば有利か」
という視点だけに立って
ものを語ってしまいがちだけれど、
本来子どもに伝えるべきは、
そんなにせせこましいことではないはずだ。
ノーベル賞を取ってちやほやされたい、
なんて言うよりも、
まず人のために役立つことを考えなさい。
おれがおれがと大きな声で練り歩く前に、
あなたのできることをして、
誰かを喜ばせてあげなさい。
卒業を前にして、身近な大人から
そんなことを教えてもらったみなさん、
よかったね、いいこと教わって。
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