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こどもの頃からすごく不思議だったのだが、
歌謡曲(死語?)といい、ポップスといい、
歌というものは、
どうしてこんなにラブソングばっかりなんだろう。
最近ではそうでもないのかもしれないが、
歌番組が全盛の頃、アイドルの歌はもちろん、
フォークだろうが演歌であろうが、
歌という歌はみーんなラブソングだった。
ぼくはこどもの頃から、
この人たちが
いつもいつも愛する心にあふれているのでもなく、
愛を歌いたくて仕方がないわけでもない
と知っていたから、これが不思議で仕方がなかった。
離婚したばっかなのにどうして愛を歌っちゃうの?
もっと歌いたいことはないの?
生きるということをずっと見渡してみて、
やっぱり恋愛というものが、
いつまでもいくつになっても何よりも大事なわけ?
なんて、ずっと思っていた。
それがいちばん売れるから、という理由ももちろん分かる。
でも恋だけが確実に売れるなら、
歌だけでなく、小説も映画も、
みんな恋愛ものになっていなくてはいけないが、
もちろんそんなことはない。
ではなぜ、歌だけがいつも恋なのか。
実は最近になって、ようやくこれが分かったのだ。
つまり
「歌ってもんは昔から恋をうたうと決まっているから」
である。
今から900年ほど前、
藤原俊忠(ふじわらのとしただ)29才はこう歌った。
「人知れずあなたに思いを寄せています。
磯に波が寄るように、
あなたに寄りそいお話したいものです」
応えて紀伊(きい)はこう歌う。
「浮き名を流すあなたの言葉は心にかけませんわ。
袖が涙に濡れては大変ですもの」。
このとき紀伊は70才。
実感があるとかないとかの話ではない。
歌というのは、昔からこういう世界だったのだ。
おお、そうだったのか。
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