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近所の小さな店でティッシュペーパーを買った。
明るく清潔な大型スーパーで298円のものが、
木の引き戸、暗い蛍光灯、
雑然とした土間のような店内で
うっすらほこりをかぶって398円、である。
うーん、こりゃないなあ。
この間も別の店で修正液を買ったら、
あまりに古くてかちかちに固まってしまっていた。
うーん、これもねえ。
売れない→安くできない→売れない。
売れない→品物が古い→また売れない。
売れない→改装もできない→やはり売れない。
売れない→身が入らない→ますます売れない。
昔からやっている小さな店というのは、
どこもだいたい似たようなものだ。
古き良き時代には品物を並べていさえすれば
売れたのかもしれないが、
いまどきの賢い消費者は、 こんな店で買い物はしない。
いきおい客足は遠のくばかりである。
ぼくはあんまり賢くない消費者なので、
ときどきこういう店で買い物をする。
理由はこうだ。
大型スーパーで安売りの物を買い込んだところで、
ぼくの教室で使う量など知れている。
浮くのはせいぜい100円がトコである。
たかだか100円を浮かすために、
昔から細々とやってきたおばちゃんの店を
窮地に追い込むことはない。
第一どうせ誰かにお金を渡すのなら、
ヨソからやってきた大資本に儲けさせるより、
おばちゃんに一息ついてもらった方がいい。
そんな風に考えると、
お金をより有効に=役立つように使おうとすれば、
ちょっと高いけど、近くの店で買ってやろうぜ、
という選択をする人の方が、
何でもかんでも安く買おうとする「賢い消費者」なんかより、
よっぽど賢いんじゃないか。
弱肉強食とか、努力する者だけが勝ち残るのだ、とか、
そういうたくましい理屈も分かるのだが、
たいそう優れたひとりだけが生き残り、
残りは消えていくのが当然だあ、
なんて考え方は、どこか浅ましく、品がない。
たしかにそんな風にしていれば、
たゆみのない競争によって
安くて良いものが手に入るようになるのだろうが、
そういうのって、
どうも豊かさを感じないんだよねえ。
だから何なのさ、って感じがする。
そんなことより、
みんながちょっと賢くない消費者になって、
そのヘンの小さな店で
割高で、少し汚れてしまったようなものを買うほうが
よくはないか。
そのおかげで
古いしボロいし、品揃えは悪いし、
おばちゃんは無愛想だし、掃除もろくにしていない、
というような店が、
別段みんなの善意に感謝するわけでもなく
一生懸命になるわけでもないのに、
しぶとくいつまでも続いていく、
なんてことになったら、
その方がずっと楽しいと思うんだけどなあ。
どう?
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