疲れを知らない子どものように

 

 

 

何となく気になっているのだけれど、
近頃教室に入ってくるなり、 「つかれたーっ」と言って、
ぐにゃぐにゃと机に突っ伏してしまう子が多い。
本当に疲れているのかもしれないし、
取りあえず沈黙を避けるための無意味な「つなぎ言葉」なのかもしれないのだが、
いずれにしても、会ったはじめの挨拶が「つかれたー」とは、
あんまり気持ちのよいものではない。

実際、子どもたちは疲れている。
目的不明のハードな部活動。
いろいろな習いごと。
勉強、勉強。
ゲームやテレビ。
しなくてはならないことも、
そんなもんどうでもいいじゃん、ということも、
いろいろ入り乱れて確かに忙しい。
しかし、時間に追われて忙しいのは分かるのだが、
そんなに疲れるのはちょっとヘンではないか。

いや、疲れるはずはない、
疲れているなんて嘘をついて楽をしようとしているんだ、
なんてことが言いたいのではない。
ただ、ぼくは自分の少年時代を思い出すと、
ものすごくハードに遊んでいた割に、
そんなに疲れていた記憶がないのだ。

こういう言い方は乱暴だが、
本来子どもというのは、
筋肉が疲労したりはしても、
大人が使うような意味では「疲れない」ものなのではないか。
「あーっ、疲れた!」ということはあっても
「はー、疲れた…」という疲れ方はしないものではないのか。

子どもたちから感じるのは、肉体的な疲労というよりも、
精神的な疲労であり、
およそ子供らしくない「倦怠」に近い。

無駄のないスケジュールに沿って
いつも何かをしている、というのは、
退屈しているよりは確かによいものだろうけれど、
そういう無駄やアソビのない状態を過ごしながら、
休みのない緊張に耐えている子どもも多い。

せめて夏休みのうちのいくらかは、
時間に追われず
だらだらと弛緩しきった時間を過ごすわけには
いかないものか。