ふたたび、愛痴万博ヲ嗤フ

 

 

 

あんまり悪口ばかり書くのは気が引けるのだが、
またまた愛知万博のことである。

2005年にここ愛知県で万博が開かれる、らしい。
まったく盛り上がっているようには見えないのだが、
着々と準備は進んでいる、らしい。

手始めに、メイン会場となる「青少年公園」が万博準備のために先月末に閉鎖された。
この公園は、名古屋からほど近く、緑がいっぱいなだけでなく、温水プールやスケート場やそのほか子どもの喜ぶ施設がたくさんあり、利用料金も安いので、ぼくも家族も随分おせわになってきた。

その愛着のある公園が、国だか県だかの一方的な決定によって使えなくなってしまったとは、ああ腹立たしい、口惜しい。

愛知万博の歩みは、ここまでかなり危なっかしい。
最初に予定していた会場が、反対運動の結果変更になった。
堺屋太一氏の面白そうな提案もすべて退けられた。
ここまで何から何までやり直しになってしまったということは、要するに、当初のプランがすっかり雲散霧消してしまったということである。
それでもなお万博にしがみつく理由が、ぼくにはよく分からない。

そんなにゼネコンに仕事をやりたければ、他のものを造ればいいじゃないか。造るものがなければ、お金を渡せばいいじゃないか。それができないんだったら、穴掘って埋めて、また穴掘って埋めて、 という仕事でも発注すればいいじゃないか。
景気対策のつもりなら、それで十分足りるはずだ。

ぼくはもともと万博というものが嫌いではない。それどころか、30年前の大阪万博のパビリオンの20やそこら、今でもすらすら言えてしまうくらいだから、まあファンと言ってもよい。

それでも愛知万博は、いけない。
滅茶苦茶な大赤字、めちゃくちゃな大渋滞、取り返しのつかない環境破壊、なんてことは言うに及ばず、
先日も紹介した例の 基本理念 からして、品位にも格調にも強さにも正しさにも欠けている。
まったく、なんと無惨な日本語だろう。
なんと空疎な宣言だろう。
「自然は人間への愛を、失いはじめている。」などという、このことばの薄汚さはいったい何なのだろう。
そう思ったとき、ぼくははっきりこの万博を憎むようになった。

ところで、万博が想定している入場者数は、開催期間半年で1500万人だという。
この数字は、ディズニーランドとディズニーシーとユニバーサルスタジオジャパンの来場者を合わせた人数にほぼ等しい。
これほどの人数が仮に集まり、(一家族ではなく)ひとり一万円以上使ってくれたとしても、まだ赤字ときたもんだ。
こういう無謀な事業計画に、なんでゴーサインが出ちゃうんだろうねえ。

ま、「北京で今日蝶が羽を動かして空気をそよがせたとすると、来月ニューヨークでの嵐の生じ方に変化がおこる」という意味では、そりゃ経済効果もあるのかもしれないけれど、だったらチョウチョを放せばいいと、皮肉のひとつも言いたくなる。

ちなみに名古屋とメイン会場の青少年公園を結ぶ道路は、大型スーパーができただけで、大渋滞を引き起こしたいわくつきの道である。おまけに高速道路の出口もここにあるから、いったいどうなることやら。

集まらなければ大赤字。集まれば、これ阿鼻叫喚の大渋滞。
ほーんと、どうするつもりなんだろうなー。

「無謀な計画だという指摘もありますが?」

「いいの、税金だし。」