出る杭を打ちつくせ

 

 

 

もう20年近く前になるだろうか、
第三書館から「ザ・漱石」という本が出た。
この本の存在を知ったとき、ぼくはほんとうにびっくりした。
なんせ、大判の本を多段組にし、小さな文字でびっしり埋め尽くすという奇想天外な方法で、膨大な漱石の全著作をたった一冊にまとめてしまったという前代未聞の本だったからだ。
まさにコロンブスの卵である。
もちろん、字数を数えてみれば、膨大な著作であってもちゃんと一冊で収まることくらい分かるのだが、普通はそんなことは思いもよらない。まったくすごいと驚嘆した。

後年、聞いてまた驚いた。
あの本を考えついたのは、プロの編集者ではなく、一人の学生だったというのである。
そして、そのアイデア一発で、百万だか二百万だかのお金を稼いだ、とも聞いた。
いやはや、まったくすごい。
才能のある人ってのはいるもんだねえ。

さらに後年、っていうか、きのう、さらに聞いて驚いた。
あの本を考え出した才気あふれる学生ってのが、
今もっとも注目を浴びる、もとい、
昨日まで最も注目を浴びていた政治家、
かの辻元清美氏だったという。
いやあ、才能ある人というのは、何をしても頭角をあらわすのだなあ、と三たび感嘆した。

いや、それにしても。
因果は巡ると言うか、諸行無常と言うべきか、
つい2週間前まで、舌鋒鋭く攻撃していた彼女が糾弾され、
悄然とうつむく姿は、ただ哀れという他はない。
栄枯盛衰は世のならいというが、
正しいことも正しくないことも、
等しく浮かびかつ消えるうたかたのようであり、
人の世というものは、まったく、
どうにもはかないものですなア。

昔三越のワンマン社長がいきなり解任された際、
「なぜだ!」と叫んで世の失笑を買ったものだが、
今の辻元氏の心境も同じだろう。
政治とはまったく無関係なところで刺されて倒れるとは、
さぞ無念だろう。
「なぜだ!」と何度も叫んだろう。
何の気なしに冒したミスを突然大きな声で指摘され、
あっという間に役どころが変更されてしまったのだから。

古事記の中に、神武天皇の兄にあたる五瀬の命(いつせのみこと)が敵の矢にあたり、悲憤のうちに絶命するシーンがある。

「賤奴(やっこ)が手を負ひてや、命すぎなむ」と男建(おたけび)して崩(かむあが)りましき
(卑しい奴のために手傷を負って死ぬのは残念である」と叫び、お隠れになった。)

という記述、まったくすさまじいほどの無念である。
こういう悔しさは、上古の昔から何度となく繰り返されてきたのだなあ、と思う。

今朝の新聞は、
辻元氏がついに議員辞職を表明したことを報じていた。
明日になれば、もう話題にも上らないだろう。

誰かをほんの数日間主役に押し上げ、
惜しげもなく才能を消費し蕩尽してゆく、
政治という疾風のようなエンターテインメント。

政治や報道が実現しなくちゃいけない
ほんとうの「正義」というのが、 これか?