もしもおわりが分かるなら

 

 

 

きのう帰りがけに、中学生と、こんな話をしていた。

もし、来週までしか生きられないと分かったら、
あしたからもお利口に学校行ったり、
勉強したりするかなあ。

「しない。遊びまくる。」

じゃ、あと50年後に死んじゃうって分かったら? 
何か生活は変わるかなあ。

「んー、変わらないと思う。」

10年後は?

「やっぱ、変わらない。」

1年なら?

「変わらない、かな。」

じゃ、どれくらいの期間なら遊びまくると思う?

「ひと月かなあ。」
「うん、それ以上だと飽きると思う。」

そうか。実はさ、おれもそう思うんだよね。
いついつまでしか生きていられないって分かったら、
世界中をあちこち回って、
お金も残さずパーっと遊んでやる!
なんて一度は考えるんだろうけど、
そういうことだけだと、
きっと途中で空しくなるんじゃないか。

それでさ、、笑われるかもしれないけど、最後は
「いつまでもおれのことを覚えておいてもらいたい」
なんて、
すっごく「いいこと」をしたくなるんじゃないか、
と思うんだ。

どうせ死ぬんだったらどんどん悪いことをしちゃえ、
じゃなくて、 多分ほとんどの人は、
すごくいい人として
残りの人生を生きたくなるんじゃないかなあ。

「なんか、そんな気がする」
「この世に生きてきた証ってカンジかな?」

そうそう。
だからきっとさ、人間っていうのは、
もともとそういう「いいもの」なんだろうな、
なんて、おれは思うんだ。

そりゃ世の中ってのは、
それほどキレイでもないんだろうけど、
それでも人は、いい人になりたいって気持ちを
みんな持っているものじゃないのかなあ。

あんまり理屈にはなっていないけどさ。