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この間まで東海銀行だったところが、ふと気がつくとUFJ銀行に変わっていた。中部地方随一の大銀行も、ついに外資に呑み込まれた、のではないことぐらい、さすがにぼくも知っている。
それにしても、この名前はどうだ。プロレスの新団体みたいじゃないか。
山陽相互銀行がトマト銀行に改称したときも、何か世間におもねるようなイヤな感じがしたが、UFJもそれに勝るとも劣らない。
ぼくは国鉄がJRになったときも、この呼び方がイヤだった。
だからその後も10年くらい、国鉄国鉄と言い続けた。
さすがにこれは最近になってあきらめたが、いまでも「JR」と口にするのが恥ずかしいような感じがする。
鉄道とか金融というものは、国家の根幹を支える事業である。それに冠する名称に、どうしてわざわざ横文字を使わなければならないのか、理解に苦しむ、ああ苦しい。
アメリカ全土を覆う巨大鉄道網が「ウタマロ鉄道」だったりしたら、ヘンだろう。CITIBANKが改称して、「イロハBANK」になったりしたら、日本人はみな笑うだろう。
そういえば、15年くらい前なのかなあ、国鉄がJRになったあと、「国電」を「E電」と呼ぼうという動きがあった。
たしかそのころ駅の案内板にも「山手線」ではなく「E電」と表示されていたような覚えがある。
でも、だれも使わないうちに、いつの間にかこの名称は死語になった。
ぼくはそのときのことを思っては、多少なりともわが国に正常な言語感覚が残っていたことを喜ぶ。
できればこういう感覚が広く発揮されて、JR東海が東海鉄道に、UFJ銀行が東和銀行に、中日ドラゴンズが名古屋金鯱軍にならないものか。
このように大企業や芸能人といった影響力の強い人たちが率先して日本語を使い、日本語の格好良さをことあるごとに知らしめてくれれば、わがニッポンの欧米崇拝癖や自虐癖も、多少は改まるのではないか。
自国のことばを軽んじ、ただ格好いいからと西洋語を模倣して恥じない国に、まともな文化が育つはずはない。
そして、ぼくの塾の名前を思い出した人には知ってほしい。
忘却はときとして該博よりも知恵に充ち、寛恕はときとして断罪よりも偉なることを。
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