古いヤツだとお思いでしょうが

 

 

 

ぼくは生徒をつかまえて、ときどきこういう話をする。

あなたが私立大学に入学すると、ま、最初の年だけで、だいたい150万はかかる。
これだけのお金をひねり出すのは、あなたが思っている以上に大変なことである。

お父さんの給料から住宅ローンを払い、食費を取り分け、クルマにかかるお金を払い、電気だ電話だ水道だガスだ、その他何だかんだと必要なお金を払っていくと、いったいいくら残ると思う?

もしかしたらおかあさんは、何年も新しい服を買っていないかもしれない。
お父さんのネクタイはもう色があせてしまっているかもしれない。 あなたはそれを見て、「いやあね、おとうさん、もっとパリッとしてよ」なんて言っているのかもしれない。

いいか、大学に行くってことは、そんな犠牲の上に立っているんだ。
おかあさんはあなたのおかあさんになった瞬間から、女性としての一番すばらしい時間を、すべて母親という立場に捧げてきた。
お父さんはあるときは屈辱に耐え、あるときは心労で眠れない夜を過ごしつつ、お金を稼いで来た。
そういう親の苦労の上に立って、あなたは大学に行こうとしている。そのことを強く強く意識してほしい。

おとうさんやおかあさんの苦労や我慢を当たり前のように受け取ってはいけない。親なんだから当たり前、と思うかもしれないが、それは親が自分で言うセリフであって、子どもが言うべきことじゃない。

いいか、親と子供では、親の方が無条件にエライのだ。
その偉い親が、子どものために犠牲になるということは、よくよくのことなのだ。
親を働かせ、そのお金を当然のように受け取って、自分はのうのうと遊び暮らす、なんてことが、人として許されるはずがない。
人の人生を踏みにじりつつ遊び暮らすことを恬然として恥じないというのは、人としてまともな感覚ではない。

幸いにも、ご両親はあなたの進学を応援してくれている。
だからあなたは、ありがたいなあ、済まないなあと思いながら、そのありがたさに応えるために精一杯の努力をしなくちゃならない。
自分の力の及ぶ限りの勉強をして、ご両親の気持ちに報いなければいけない。

こんな言い方は今さら流行らないかもしれないが、人として当然のことに、古いも新しいもあるもんか。
こんなことが分からないんだったら、大学なんて行かないほうがいい。

勉強したくなかったら、進学なんてしなくていい。塾なんか辞めていいし、何なら学校だって辞めちゃえばいい。
勉強はやらなくてはいけないものなんかじゃない。
あなたがやりたいと言って、やらせてもらっているんだ。

がんばっているのは分かるし、辛いのも分かるし弱音を吐きたいのも分かるけどさ。望んでやらせてもらっているんだから、文句なんて言っちゃいけない。思ってもいいが言っちゃいけない。ともかく感謝と負い目を感じつつ、精一杯やるこった。なあ。