不覚にも笑ってしまった話

 

 

 

朝教室まで歩いて通う途中、犬の散歩をしている人たちを見かける。犬はたいていよくしつけてあって、不愉快な思いをさせられることはほとんどない。

今朝は、小学校と商店街の間にある大きな公園の脇で、小さなおばあちゃんが、黒い毛並みもつややかなとても可愛いテリアを連れていた。
ワンちゃんのちょっとすましたような顔つきが、地味な身なりのおばあちゃんに、全然似合っていないのが可笑しい。

なんて、ほほえましいような気分ですれ違おうとしたそのとき、この顔だけ可愛くて実は人を見る目もたしなみもない、ごくつぶしの馬鹿イヌが、あろうことか、ぼくに向かってわんわんわんわんと激しく吠えかけたのだ。 ああ、わんわんわんわん、と。

ぼくは一瞬ひるんだがすぐに立ち直り、このごくつぶしの馬鹿イヌをじっと睨みつけた。一瞬かわいいなあ、と思った相手だからこそ、吠えられたことがいっそう腹立たしかったのだ。もしかしたら、イヌごときの機嫌を取ろうとした挙げ句、その媚びをあっけなく見破られたような気がしたからなのかも知れない。

ともかくぼくはカッとなってしまった。膨張する怒りをため込んだまま、じっとイヌを睨み続けた。しかし悲しいかなこの馬鹿イヌには、睨まれても恐れ入って平伏するような知能はない。
ぼくは怒りに充ち、馬鹿イヌは吠え続ける。時間が凍りつき、緊迫した空気がみなぎった。一触即発である。

そのときおばあちゃんは、ほいほいと綱を引っ張りながら、こう言ったのだ。
「ごめんなさいねえ。この犬は、いい男を見ると吠えるのよ」

わはははは。ぼくは不覚にも、笑ってしまった。一瞬のうちに怒りは失せ、さっぱり幸せな気分になってしまった。
いやあ、見事。これこそことばの力だなあ。

いやいや、馬鹿イヌには似合わない、まったく素敵なおばあちゃんだった。
人と犬とが全然似合っていない、というぼくの直感は、やっぱり正しかったのだ。