|
2004-06-26 日本語ブームにひとこと
しばらく続いた日本語ブームのおかげで、「国語はすべての勉強の基礎である」という見方が、すっかり常識として定着したようである。このこと自体は大変喜ばしい。
しかし、「国語は大事」という言葉は、もしかしたら、何の実感も、何の意味も込められていないまま、ただのお題目として流通しているのではないか、という気もしないでもない。
国語という教科にはいろいろな面があるから、主語述語がねじれていない文が書けるとか、いろいろな言い回しを知っているとか、あるいは、美しい言葉の響きを楽しむことができるとか、そういう技能を身につけることが国語学習の目的だという人が多いだろう。事実、昨今の日本語ブームは、もっぱら国語のそうした面を強調したものだった。
しかし、ぼくの実感で言えば、国語でもっとも大切なのは、言葉を正確に使うことではないし、言葉を通じて美に出会ったり、言葉によって伝統を保存したりすることでもない。それよりも、言葉を通じて「思想に出会うこと」の方が遙かに重要な効能なのではないか、と思う。なぜなら、美しいものとの出会いには必ずしも言葉は必要ではないが、磨き抜かれた思想とは、言葉によらなければ決して出会えるものではないからだ。今日の世界、現代という時代において、いったい何がどう問題なのかを知り、考え抜かれた緻密な文章に触れ、その文章の流れ=思考の流れをトレースすることによって、著者とともに考える経験をすること、まさにそこにこそ、国語学習の意義があるのではないか。
|