2004-01-19 やってもできない子

ちょっと思い切ったことを書こう。
塾を開いている身でありながらこういうことを言ってはいけないのかもしれないが、勉強には向き不向きがある。練習すれば誰でも大リーガーになれるというわけではないように、勉強もまた、努力すれば誰もが一流大学に行ける、というものではない。
もっともこんなことは誰でも知っていることだから、勉強が出来ない子の親は、たいてい、誰よりも出来るようにしてくれ、ではなく、人並みになってくれればいいんです、なんて言うものだ。
しかし、子どもたちにとって不幸なのは、この「せめて人並みに」という親から見れば低い低いハードルが、実はなかなかそうでもない、ということなのだ。どんな場合でも、試験では必ず誰かが平均点以下になる。全員が同じ点数でないかぎり、そりゃ平均以下になる子もビリになる子もいるわな、ということではない。どんなに頑張っても、出来るようにならない子がいっぱいいる、ということである。このことを認めないから、子どもたちは追いつめられていく。こんな簡単なことができないなんてよほど怠けているに違いない、と決めつけられて、追いつめられる。できてあたり前のことができない子たちは、見放されはしても、許されはしないのだ。これはとても残酷な仕打ちだ。
子どもたちの生活の大半を占める学校を楽しくするには、やっぱり勉強が出来なくてはいけない。だから心楽しく生きるためにも、みんなしっかり勉強しようね、とこれまでぼくはずっと言い続けてきた。今でもこれは正しいと思っているけれど、努力してもやっぱり出来るようにならない子たちの行き場のなさを考えると、もっと別の道を示してやる勇気を、ぼく自身が持たなくてはいけないような気がしている。